浄土真宗本願寺派 瀧上山 善立寺

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住職の法話

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当前(とうぜん)

 自分に対して、否定的な言い方で、「当然だ」とか、「当たり前だ」と言われたら、腹が立ちますよね。その当然(とうぜん)の当て字、「当前」を訓読みにして生まれた言葉が、「当たり前」なんだそうです。

 昨年のお盆参りの途中、車でテレビ音声を聞いていたら、ちょうど高校野球の交流試合の開会式でした。その開会式にあたり、高校野球連盟の会長さんが、球児のみなさんに挨拶をされておりました。その中で、「みなさん、有り難うの反対の言葉を知っていますか?」と投げかけました。私はすぐに、その答えを予測し、当てることができました。その答えとは、「当たり前です」ということでした。印象に残っている方も多いのではないでしょうか。何故、私がすぐに分かったかと言うと、以前、ある方が法話の中で、教えてくださっていたからです。

 開会式で話された内容は、うろ覚えのため、紙面では省略させていただきます。(※原文の一部がありましたので、最後に載せています)また、「私たちは決して一人では生きていけません」とも言われていました。コロナ禍で身体的、物理的な距離を取らざるを得ない中、とても大切な言葉だと思いました。

 さて、その問いかけ「有り難う」という言葉ですが、もとは仏教語の「有ること難し・有り難い」からきています。つまり、有ることが難しいというのが、本来の意味です。だからこそ「有り難う」を伝えるのです。そこには、感謝の気持ちやお蔭様の心があります。反対に、そんなことは、「当たり前」と思っている時には、喜びも感動も感じることはないでしょう。

 日々の暮らしの中では、家があることも、食事ができることも、仕事ができることも、生きていることも、当前(とうぜん)・当たり前と思いがちですが、そうではないことを仏教は教えてくださっています。さらには、凡夫である私達を仏法に出遇わせ、仏にまで仕上げてくださる阿弥陀さまのはたらきがあります。なおさら有り難いことです。

※ありがとうの反対語は「当たり前」です。これまでの周りの手助けは奇跡ともいうべきもの。そのために、感謝の気持ちを当たり前ではなかったという言葉に込めるんです。感謝の気持ちを忘れず甲子園球児という誇りを胸に、長い人生行路を歩んでください。

(住職 松岡文昭)